タクシーは雨の中ドアを閉ざしていました。
「だめですよ。動物は法律で禁止されてますからね。」
窓だけを開けて、運転手が言いました。盲導犬はその法律が示している「動物」には含まれないはずだと言っても、運転手は「そんな話しは聞いたことがない」と繰り返すばかり。
不幸中の幸いと言うべきか、すぐ後ろにもう1台、別の会社のタクシーが着てドアを開けてくれました。すると前の車の運転手があわてておりてきてて言いました。
犬乗せたらだめでしょう?」
「盲導犬は乗せていいんじゃないの?」
「聞いてないね。問題になっても知らないよ。」
「問題になんか、ならんよ。法律でいいって言ってるんだから。ぼくは勉強したよ。」
後ろのタクシーは、私とノエルを乗せて走りだしました。
「ありがとうございます。」
ふと我に帰って言うと、
「いや、ああいう遅れた人がいるからね。あなたたちもこんなことがあるからたいへんでしょう?」
運転手は、前のタクシーがT交通という会社のものだったことを教えてくれました。
私は家に帰るとすぐにT交通に電話をしました。
「あなたの会社では、タクシーに盲導犬を乗せないのですか?」
「そんなことはありませんよ。どこにいらっしゃるのですか?今から車をやります。」
「いえ、それはいいんです。もう別の会社ので帰って来ましたから。」
次に電話の向こうから聴こえて来た質問に私は唖然としました。
「断った車、何号車でしたか?」
盲導犬を使わなければならないような人間にどうしてタクシーの番号が読めるでしょうか?私がT交通に電話をしたのは、乗車拒否をした運転手を責めたかったからではなく、社員全員に理解を行き渡らせるべく指導をしてほしかったからなのです。
これは一つの例にすぎません。レストランで「他のお客様に迷惑がかかる」と断られる、ホテルで「ロビーはいいけどお部屋に宿泊してもらっては困る」と言われる、と言った具合に、当然受け入れられるべき場所から閉め出されてしまうことが結構よくあるのです。デパートの食品売り場で「衛生上よろしくない」と言われた時には、私も切れそうになりました。以前その食品売り場で、アイスクリームのついた手でべたべた商品に触っている子供を見かけていたからです。
(なぜあの子がとがめられないのに、ブラシをかけた上に窮屈な洋服まで着せられ、臭いを嗅ぐことも固く禁じられているノエルが、「犬だから」というだけで追い出されなくてはならないんだ!?)
そう思うと無性に腹が立ちました。
どういうわけか、2月3月は、この手の受け入れ拒否が多発しました.ある程度は覚悟していたはずだったけれど、こう何度も起こると気がくじけそうになります(決してノエルを迎えたことを後悔などはしていませんが)。私は元々自分の主張をどんどんアピールして行くような正格ではないのです。自分一人のことであれば、たとえ何か言われてもじっと我慢してしまうかも知れません。でも私は現在全国に800余名しかいない盲導犬使用者の一人として、社会に盲導犬への正しい理解を求めて行く責任があると思っています。こんな状況でも、10年前に比べたら盲導犬は一般の人にもよく知られるようになったし、受け入れてくれる飲食店、宿泊施設、病院なども増えて来ました。それは過去40年間、先輩方が自分の足で歩き、こつこつと道を開いて来てくださったからです。今盲導犬を持ちたいと思っている人は国内に何千人もいるそうです。私たちの後に続くであろうこの多くの仲間の為に、私もノエルと一緒に新たな道を開いていかなければならないと思うのです。
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(31)へ続く
※31話はありません