宮崎に帰ったノエルは、たちまちみんなの人気者になりました。
「かわいいねぇ!」
「おりこうねぇ!」
どこへ行ってもたいへん誉められるのです。主人である私の存在はどこへやら
いつもノエル中心で会話が進みます。それでも私は悪い気はしませんでした。
本当に娘を誉められる母親って、こういう気持ちなのだろうと思います。
ノエルが来て一番喜んだのは私の父でした。
一時は命の危険さえ懸念された父。両足切断と言う苦しみに打ち勝って、今や熱心にリハビリに励む毎日でした。
私がノエルと東京から戻ってきた日、父も入院中の病院から帰省していました。それで私も、自分のアパートに帰る前に父に会って行くことにしました。
父も大の犬好きです。一緒に野山を駆け回ったサリーとベルを手放す決断をしたのは父ですが、本当は自分が一番寂しかったのだと思います。
ノエルを見た瞬間、胸に抱いて「いらっしゃい。ノエルのじいちゃんだよ」と言いました。父は子どものころから私にとって、短気で怖い人でした。このときほど優しい父の声を聞いたことがありません。
ノエルも父の犬好きなことが分かるのか、ちぎれそうに尻尾を振って、体をクネクネさせながら甘えます。アイメイト協会の指導員の「叱ってください」
が聴こえて来るようでしたが、私には叱れませんでした。
1週間後、病院へ父に会いに行きました。
建物の中に盲導犬を入れてくれない病院や、入れてはくれても病棟はだめと言う病院も多いのです。ドキドキしながら自動ドアを通りました。誰もとがめませんでした。エレベーターに乗って4回へ。看護婦さんとすれ違います。
「こんにちは!あら、わんちゃんきたんだぁ!」
とがめるどころか、みんなうれしそうです。実は父が会う人枚にノエルの自慢話しをしていたらしいのです。それでノエルは、くる前からすっかり有名になっていたのでした。
長い廊下をぬけて、402号室に着きました。父は4人部屋の一番入口に近いベッドで、体を起こしていました。
「おお、ノエル来たねぇ!」
大好きなおじいちゃんの姿が見えると、ノエルはハーネスを着けていることも忘れて父の方へ跳んで行きました。いくらじいと孫娘の再会の喜びでもお仕事中はいけません。
「ノー!」
私は強くリードを引きました。こうしていけないことはいけないと教えるのです
「きゃいいいーん!!」
いきなりものすごい悲鳴。何が起こったのか分からず一瞬きょとんとしてしまいました。実は、私がチョークしたとき父の膝に飛びついていたノエルの前足がベッドの鉄枠にはさまれてしまったのです。
「どうしましたぁ?!」
看護婦さんが2・3人集まって来ます。
あっちの部屋こっちの部屋から、動ける患者さんは顔を出してこちらを見ています。
「すみません。犬がベッドにかみつかれちゃって!
「まぁ!」
笑いながらも看護婦さんたちは、ノエルの前足に異常はないかと丁寧に調べ始めました。さすがは医療従事者!
ノエルの前足は何ともありませんでした。そして2度と(その人がベッドの上にいる限りは)人に飛びつくこともなくなりました。
その後父が12月に退院するまでの間何度も会いに行きましたが、父が
「ノエル、おいで」
と言うと尻尾をぶんぶん振りながらも、ベッドからはできるだけ離れていようとするのでした。
ベッドが悪いわけじゃないのにね。
ノエルの足跡7 おじいちゃん大好き、でもベッドが怖い
1998.03.14
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