私たちはしばらくとりとめのないおしゃべりを続けました。初めのうちはときどき「ワン」とか「ウー」とかいっていたかなもやがて静かになりました。ノエルも安心したのか、丸めていた体を長々と伸ばして寝ころんでしまいました。
「慣れて来たみたいね。これでこの子たちが仲良くなってくれたらねぇ・・・」
姉が言いました。
30分ほど経ったでしょうか。かなはそろそろ退屈し始めたようです。ノエルは今ではすっかりくつろいで、私の足に頭をのせてうとうとしていました。私がその頭を撫でると、うれしいのか、体をぐにゃぐにゃにして私にもたれかかって来ました。
するとどうでしょう!姉にぴったりくっついていたかなが少しずつ左へ移動して、私の方へ近寄って来たではありませんか。
「あれっ、かなちゃんどうしたんだろう?」
「ノエルちゃんをかわいがったから焼きもちじゃないかな?」
どうやら、姉の言う通りのようです。そっとにじり寄りながらノエルの様子をうかがっていたかなは、ノエルが何もしないのを見て取ると、大胆にも私の右側にぴったり寄りそう位置までやって来て、前足を膝にのせて顔をペロペロなめ始めたのです。
「へぇ!かなにもそんなことができるんだねぇ。ノエルちゃんが怖くても、あんたに甘えたいってさ。大したもんだぁ!」
姉も驚いて言いました。
「ググググーッ」
ノエルが足元で抗議の声をあげました(彼女はうれしい時にもいやな時にも喉からそういう声を出すのです)。こちらもまたジェラシーの炎が燃え始めたようです。
(こういう時こそ訓練訓練。)
ノエルに「ステイ」を続けるように命じてから私はかなに占領されていない左手で背中を撫でながら言いました。
「ノエちゃんも後で遊んであげるからね。」
でもそんな言葉がノエルに通じるはずはありません。かなが次第に調子にのって私の膝に全身で上がり込もうとした時です(もちろん私にはかなのその行動を許すつもりはなかったのですが)。突然「グォン」というような声をあげて、ノエルがムクッと起きあがったのです。
「ノー、ダウン。」
私の言葉も無視して、ノエルは立ち上がり、丁度かなと同じ姿勢で左側から膝に前足をかけて来ました。驚いたのはかなです。鼻がぶつかり合うほどの距離にいきなり相手の顔が現われたのですから。さっと飛びのき、再び姉にしがみつきました。
「かなちゃんがおねえちゃんをとろうとするからよ。おねえちゃんはノエルちゃんのおかあさんなんだから、あんたが悪いんだよ。」
姉は笑っています。
それはほんの一瞬のできごとでした。私は少しあせったのですが、ノエルはかながたいさんするとまるで何もなかったかのように、元の位置に伏せました。
「グッド。そうねぇ、ノエちゃんはよい子ねぇ。」
私はほっとして、ノエルを誉めました。こういう状況でも私に甘えたい感情をぐっと我慢しているノエルを、本当に成長したのだなぁと、幾分ほこらしい気持ちで誉めていると、悲しくなったのか、かなが急に「キャイーン、キャイイイイーン!!」と鳴き始めました。
「静かにしなさい!かなはおねえちゃんなのに、おかしいでしょ?」
姉がかなを叱って言いました。
結局この日、嫉妬深いお嬢さん方の争いは、私が帰るまで続きました。 夕食のテーブルは狭かったのでノエルをそのままソファーの前にステイさせて食卓につ 食事が終わった時、初めてノエルが自由の身になりました。ハーネスをはずされた彼女は仰向けにひっくりかえり、体をくねらせ、しっぽをバサバサ振り回し
て喜び、私と言わず姉夫婦と言わずじゃれつきました。こうなると完全にノエルの方が優勢です。
そこへ姉の友達が二人やっって来ました。
「あら、ワンちゃんがもう1匹遊びに来てるの?かなちゃんよかったねぇ。いや、かなちゃんは困るんだっけ?」
どうやらかなが極度の犬嫌いであることはみんなに知れ渡っているようです。
はしゃぎ回るノエル、逃げまどい部屋の隅にうずくまるかな。
夜8時になったのでそろそろ帰ることにしました。私が呼ぶとノエルはピタリと遊ぶのを止めて私の左側に座ってハーネスを受けました。
「あぁ、盲導犬なんだねこの子。へぇ、すごいな。けじめがしっかりついてるんだ!」
「本当、遊ぶ時はあんなに甘えるんやねぇ。街の中で見る時は大人しいから知らんかった!」
お客様たちはそんなことを言い合いました。
ノエルとかなは、あれからさらに数回顔を合わせる機会がありましたが、結局の所2頭は未だに仲良しにはなれていません。あからさまに喧嘩をするわけではないけれど、互いにそっぽを向き合っているのです。
昨日(6月18日)久しぶりに電話をかけてくれた姉が言いました。
「かなが今度は3匹赤ちゃんを産んだよ。長靴とダンベルとお人形・・・これでかなの子どもは10匹越えたな。」
ノエルの足跡28 ぶつかり合うジェラシー
1998.06.21
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