2016/09/09

ノエルの足跡33 はるちゃんとむー太君(続)

 ところが私がつれて来たアイメイトは、とてもとてもむー太に会わせられるようなおとなしい子ではありませんでした。
 アイメイトのハウスは普通ケージやサークルなどは使いません。身体を伸ばして寝られるくらいの広さの空間さえあればよいのです。ただしデビューし立ての数カ月から1年くらいは、ベッドチェーンと呼ばれる長さ50センチくらいの細い鎖に繋いで、おちつきのある性格を作り上げて行くのです。今でこそ「ハウス」と言われればチェーンなどなくてもじっとしていますが、当時はとてもそんなことはできませんでした。繋がれていてもときどき立ち上がってチェーンの届く限りハウスから身を乗り出して来ます。ちょっとした人の動きや物音にやたら反応し、私が油断すればすぐにお客様に飛びついて行ったりするのです。家にいる時だけ出なく外でも同じことで、犬好きの人が声をかけたりすると仕事なんかそっちのけで甘えて行きました。もちろん声を書けた人がよくないのですが、「仕事中の盲導犬に触ったり声をかけたりしてはいけない」という認識は、まだ社会に完全に行き渡ってはいないのでこちらが気をつけるしかないのです。
 
 ノエルをつれて帰ってまず私がしたことは、ハウス作りでした。このおちつきのない犬を一刻も早くおとなしくさせなければなりませんから。私の家はアパートなので、壁にチェーン用のフックをねじ込むわけには行きません。それで90センチ4方の板を買って来てそこにマットを敷、角にフックを付けたのです。ノエルをテーブルの足に繋いでおいて、荷物を運んでくれた母の車に材料を取りに行ったのですが、戻って来た私はびっくり。震えながら待っていたノエルの鼻先に、かじり取られたぬいぐるみの鼻があったのです!それはティッシュカバーになっているスヌーピーのものでした。ティッシュも少しぼろぼろになって散らばっていました。新しい家に来てものの3分も経たないうちに、ノエルはさっそく叱られてしまいました。
 数日後、はるちゃんが訪ねて来ました。
 「えぇっ!?盲導犬って、もっとおとなしいのかと思ったなぁ。主人に似てるのかな?」
 (それどういう意味だぁ!?)
 実を言うと私自身も同じことを思っていました。それまでに見て来たアイメイトたちはもっとよい子だったからです。ただその子たちは私が見た時にはもう3歳とか5歳とかだったからにすぎず、2歳にもならない、デビューしたての犬はみなこういうものなのだと気がついたのは最近になってからです。
 その後はるちゃんは何度も遊びに来ました。ノエルはだんだんにこのお姉ちゃんが好きになって行ったようです。ずいぶんおちついて来た今でもはるちゃんが来ると、まるで自己抑制がききません。すごい勢いでドアに飛んで行き、まだ靴もぬいでいないはるちゃんに抱きつき、ひっくり返り、身体をくねくね。しっぽは揺れっぱなしでなかなか止まりません。最上回に住んでいる私は、いつ下の住人から苦情が来るかとはらはらしています。
 ある日実家に帰ると、ちょうど仕事の休みだったはるちゃんが、むー太をケージから出して遊ばせていました。
 例によって「やっほう!お姉ちゃん!」とばかりダッシュで飛びついて行ったノエルは、はるちゃんの手のひらでごぞごぞ走り回っているむー太を見ると1歩後ろへさがり、急に凍り付いたように立ち尽くしてしまいました。鼻だけがピクピクしています。
 (なんだかやばい雰囲気!このまま飛びついたらどうしよう?)
 と思ったとたん、予感が的中です。ノエルは飛び出したばかりか、むー太のお尻にパクリ!はるちゃんの「キャァ!」と叫ぶ声。私より先に気づいた父が「こらっ!」と大声を出したので、ノエルはさっとむー太を離して部屋の隅に反省ポードでうずくまりました。むー太はおびえて震えながら藁の中へ潜り込んでしまいました。ノエルは前足の中にかくしている顔をひっつかまれ、いやというほどはり倒されました。
 それほど叱られたにも関わらず、ノエルはむー太にちょっかいを出すのを止めませんでした。彼がケージに入っていると、すぐに近づいて行って臭いを嗅ぎまくり、金網をひっかきます。その度鼻をたたかれ、お尻をリードで鞭打たれ、それでも絶対懲りません。
そのうちむー太も慣れて来たのか、ケージに入っていればこの巨大な敵も臭いを嗅ぐ以外に何もできないと知ったのか、次第にノエルにおびえなくなりました。ノエルが金網に鼻を押しつけている目の前で悠々とひまわりの種をかじっています。
 そしてついに彼は反撃に出たのでした!いつものようにノエルがケージに鼻をつけてふんふんやっていると、突然むー太が藁の中からひょっこり顔を出しました。はるちゃんと私がどうなることかと見ていると、むー太は大胆にも敵の顔の真正面に進み、いきなりその怪物の鼻をガリッと噛んだのです!
 私たちはあまりのことに驚き、続いて爆笑してしまいました。
 ノエルは、驚いたのと痛みとで「クシュン!」と言って逃げだし、鼻を床にこすり付けていました。
 以来、むー太の平穏な生活が妨げられることは1度もありません。
ノエルの足跡とは
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ノエルの足跡7 おじいちゃん大好き、でもベッドが怖い
ノエルの足跡8
ノエルの足跡9 盲導犬のイメージとは
ノエルの足跡10 冒険
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ノエルの足跡16
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ノエルの足跡19 おじいちゃんが帰ってきたっ!
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ノエルの足跡27 犬嫌いの2頭初めての対面
ノエルの足跡28 ぶつかり合うジェラシー
ノエルの足跡29 工事現場で
ノエルの足跡30 未知の人に支えられて
ノエルの足跡32 はるちゃんとむー太君
※5話、12・13話、21・22話、26話、31話はありません

ヒトミ

著者:ヒトミ

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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