2016/09/09

ノエルの足跡11 ノエルと海

真っ青な秋の空。熱帯樹の並木。白く砕ける波。私が最も好きな宮崎の風景です。
「あっ、ここは私が子どものころに撮った写真に写ってる所だぁ!」
大学生のOさんが声をあげました。小さいころ、両親に連れられて毎年のように宮崎を訪れたと言うOさん。私との不思議な出会いによって、今彼女は10数年ぶりに青島の海を見たのでした。
Oさんは、私がノエルとの歩行指導を受けていたときに、卒論の研究のために毎日のように横浜からアイメイト協会へ通ってきていた人です。ビデオカメラを手に行く所どこへでも現われるのですから、訓練性としては少し手ごわい人でもありました。心理学か何かの勉強をしていて、人間と犬とが信頼関係を築き上げていく過程を調べているのだとか。卒業して1カ月たって,私とノエルとの生活にどんな変化があったか、見に来たのでした。例によってビデオカメラをかかえ、観光をかねた取材です。夜も私の所に泊まって、日課のすべてを見てもらいました。
Oさんを覚えているのか、ノエルは私がちょっと大下差すぎるんじゃない?と思うほどしっぽを振って彼女を歓迎しました。
「ノエちゃん、変わりましたねぇ!こんなに表情豊かな子だったんですね。」
再会の瞬間にOさんはいいました。訓練中はほとんど感情を外に出さなかったノエル、人が声をかけても、自分のハウスからじっとうわめづかいに見ているだけだったノエルが、今は尻尾をちぎれそうに振って、前進で喜びを現わしているのです。すべてのアイメイトが訓練終了後こんな風になるのではありません
大人しく、落ちついて、自己主張をせず、外出中以外は主人のじゃまにならないように静かにハウスで寝そべっている。そんなポリシーを貫いている犬もたくさんいます。それが模範的なアイメイトの条件だとしたら、ノエルは落ちこぼれ、私は子育て失格者になるでしょう。わずか1カ月の間に、ノエルは、すっかり私のカラーに染まっていたのでした。でも私は、ノエルの歩行技術と外出先でのマナーにはかなりうるさかったのです。Oさんはいいました。
「すごい!お家とお外の区別ができるんですねぇ!」
Oさんは頭もよく、人の気持ちを的確に受けとめ、相手の必要にとても敏感な人です。横浜へ帰った後彼女が送ってくれた旅行中の写真には、丁寧な説明の他にどれがどの写真か私にも分かるように工夫したシールがはってありました。
が、こんな風に相手の立場にたって物事を考えることのできる彼女にも、私たち視覚障害者の歩行に関しては想像のおよばない部分があったのです。
大人になってから突然失明した人が味わう恐怖と絶望は、経験者でなければとうてい分からない苦しみだろうと思います。景色が、文字が、大好きな人の顔が・・・今まで当り前と思っていた世界がいきなり消えてしまうのですから。そういう方々が盲導犬を持って外出の自由を取り戻したときの喜びは私にさえ計り知れないものがあります。けれども、初めから障害を持って生まれ、景色のぼやけた世界に生きてきた私は、一人歩行をそれほど恐ろしく感じたことがありません。もちろん前にお話した横断歩道でのハプニングみたいなことは何度かあったけれど、外出恐怖症になるほどのものではありませんでした。それでもやっぱり、ノエルがいてくれることは私にすごい力になるのです。
夜、Oさんはテープレコーダーとノートを用意して、私にインタビューをしました
「杖を持って歩いてるときは頭に地図があるだけではだめなのよ。例えば二つ目の過度の1メートル手前に穴ぼこがあるから気を付けなきゃとか、あそこの家のドアはどっちを向いてついてるとか、ほんとに細かく情報を入れておかないと安心できないのね。でもノエルがいたらただコーナーとかドアとか言えば連れてってくれるし、とにかく外出が気楽にできるようになったのが一番うれしいな。道に迷ってもやり直しがきくもの」
「でも犬が道を知ってるわけではないのでしょう?」
「そうだけど、人に尋ねたとき、説明さえしてもらえば、その通り犬に命令すればいいからね」
「犬がいないと説明されてもだめなんですか?」
「説明された通りに歩ける自信がないもの。目標を眼で追えないってことは、すごくやっかいなのよ。例えばまっすぐ行けと言われても自分がまっすぐ歩いてるかどうかも分からないんだから」
「・・・?」
Oさんはとても難しい講義を聞くように考え込んでしまいました。
そして今日(11月9日)、私たちはOさんの思い出の場所、青島へやってきたのです。
「波打ち際で写真撮ろうよ。ノエちゃんを写して。」
寒くなり始め、人のほとんどいない砂浜を私たちは歩きました。少し濡れて柔らかな砂地は歩きにくいのか、ノエルはときどき小走りになりました。小さな足跡が、ぽこぽこと続いていきます。
「ノエちゃん、ウェイト」
波打ち際にノエルを座らせて写真を撮りたかったのですが、初めての海におびえたのか、彼女は「ウェイト」の言葉に従いませんでした。
「ねぇ、ウェイトしてよー。『ノエルと海』ってマスターピースを撮りたいんだから~」
どんなに頼んでもだめでした。私がそばを離れるとノエルは立ち上がってついてくるのです。結局写真はツーショット『ノエルとママと海』になりました
海から戻ってきて、休憩所のベンチに腰をおろすと、疲れたのか、ノエルは頭を私の足にのせて眠ってしまいました。
「昨日の話だけどさ、アイメイトを持って便利とかいうことも確かにあるけど一番うれしいと思うのはこう言うときかも知れない。さっき写真撮らせてくれなかった ときもそうだけど、こうやってノエちゃんがぴったりくっついてくるときの気持ちって、アイメイト使用者の特権かなって思うんだ。」
Oさんも今度は難しい講義を聞いているような顔をせずに、深くうなずいてくれました。
ノエルの足跡14 ハーネスで3人が一つに!
ノエルの足跡とは
※12話と13話はありません

ヒトミ

著者:ヒトミ

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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