2016/09/09

ノエルの足跡10 冒険

私が一人で白い杖を持って歩いていた頃、本当にアイメイトがほしいと痛感させられる出来事がありました。
梅雨の季節で、その日も朝からどんより曇っていました。
私はある程度明るい日であれば、道路の白線が見えるし、大きなものなら避けて歩くこともできるのです。
けれどもなんだか最近、特に暗い所ではぐんと見えにくくなったなと感じていました。
どんな微少な視力でも、残っていればそれに頼りたくなるものです。
私の家の近くにはとても複雑な交差点があります。
私は足元のゼブラもようを見つめながら歩いて行きました。
ところが、半分ほどわたったとき、その白黒のもようが一瞬ぼやけたのです。初めから杖だけを頼っていたらよかったのですが、足元を見つめていた私はたちまちパニックに陥りました。
何差路にも分かれたでっかい交差点のど真ん中で私はすっかり方向を失ってしいました。あたりにはだれもいません。
やがて信号が赤にかわり、ラッシュ時の道路は車でいっぱいになりました。ぼやぼやしてはいられません。とにかく車の来ない所へ避難しなくては!
夢中でたどりついた先は、私の行きたかった地点とは全く別の場所でした。「まいったな。これだからみんなに『あんたの歩き方は見ててはらはらする』なんて言われちゃうんだ」
独り言を言いながら気をとりなおして再び歩き始めたのですが、さすがの私も元気が出ませんでした。
ノエルが来てからの毎日は夢のようです。
足元がどうなっているかなんて神経をとがらせ、最後の視力をふりしぼるよう地面を見つめながら歩かなくてもよいのです。右手を振って、ノエルに話しかけながら、びゅんびゅん歩いていけるのです。
気軽に外出できるようになると、私の冒険願望が爆発しました。
以前なら、できるだけ簡単で、できるだけ歩かずにすむ道を選んでいたのですが、
「バスが来るまでまだ10分あるから、次のバス停まで歩こうか」
「この道を通っても同じところへ行けるはず。たまにはルートを変えてみようかな」
と、次々にテリトリーを広げていきました。
これには私の冒険心以外にも二つの目的がありました。
一つは、ふだん待ちぼうけばかりしているノエルの経験を少しでも増やしてやりたいと言うこと、もう一つは、いろいろな道を歩くことによって、一人でも多くの人にアイメイトの存在と実態を知ってもらいたいと言う思いでした。
秋も深まりかけたある日、仕事の帰りに郵便局へ行くことにしました。
バスに乗ってもよいほどの距離ですが歩いていきました。
時刻は6時に近く、あたりはどんどん暗くなっていきます。
「よって」
ノエルが車道に近い所を歩いているような気がして、私は左はしによるように言いました。命令を聞くと彼女はすっと左へよりました。
「グッド、グッド」
いつものように誉めながら前進します。
それから200メートルほど歩いたとき、ノエルが急に立ち止まりました。なにかがあるようですが私には分かりません。右足を少し前に出しても何もないようです。
「ゴー・・・」
何かに気を奪われただけかも知れないと思って言ってみましたが、ノエルはさらに2歩ぐらい進んだ所で座ってしまいました。
前方から冷たい風がふいて来ます。
おかしいな・・・
もう1度右足を前に出して、思わず「あっ!」と叫びました。
足元の地面が1歩先からなくなっているではありませんか!
そこは小さな川の岸でした。右手を伸ばすと欄干があります。さっき「よって」と言ったときノエルは命令に従いましたが、実は歩道より少し左にそれ
た、本来は道ではないところを歩いて来たのでした。そして今進めと言った私の命令に断固不服従の態度で、ノエルは私を守ってくれたのです。
「たすかったぁ!ごめんね。ありがとう!」
後になって私は友達にこの話をしました。ノエルがいかに偉いか、誇らしげに語ったのです。すると彼は言いました。
「そりゃぁそうだろう。犬だって川に落ちたくはないだろうし。ねぇノエル。無謀な命令ばっかりする主人をもってたいへんだなぁ!」
「ノエルの足跡(10)で賢い不服従について書きましたが、ちょっと補足します。
ノエルはあのとき私を守ろうとしたのか、それとも友達が言うように、自分が川に落ちたくなかっただけなのか、本犬は教えてくれないので真相は分かりません
ただ、もしこの話しをアイメイト協会の人に話したら確実に私の友達の意見に賛成されるだろうと思います。
サーブの英雄談にしても、サーブの育った訓練所では「偉い犬」と誉めたたえられますが、ある所では「なぜ犬が車に飛びかかったんだ?本来なら主人を引っ張って道の端へよけるべきじゃないか」と批判します。人間だってとっさのときは自分がかわいいじゃないか、どうして犬がそこまでの忠誠心を身に付けることができようか、と言うんです。
私としては「ママを守らなきゃ」とまでは思わなかったにしても、川に飛び込んでしまいかねないラブの性格を考えれば、ノエルが「それはいけないことなんだ。ママを進ませてはいけないんだ」と判断してくれたことに感謝したいと思います。ときどきうっかり私をどこかにぶつけてしまって注意されたときの
ノエルのしぐさ、とてもきゅーんとくるんですよ。道に座って「ごめんなさい!」とでも言うように顔を私にすりつけてきます。「もういいから。次は気をつけようね」と慰めたくなります。
それと、もう一つ、私の発言を読んだあるアイメイト使用者から反論がありましたので、一言のべさせていただきます。
「盲導犬の「仕事」に対する意識について。
私は盲導犬自身は(少なくともノエルは)一般的に考えられているように「がんばって」「緊張して」ストレスと戦いながら歩いているのではないと思っています。せいぜい「お出かけのときはまじめに」ぐらいの感じではないかと思うんですね。初めて人から盲導犬を進められた7・8年前には自分も「私の都合で犬に窮屈な仕事を強いるのは申し訳ないから盲導犬なんていらない、と思っていました。そしてそれが事実なら今でもアイメイトを持たなかっただろうと思います。けれども何人かの使用者と出会ううちに「もしかして犬も主人との外出を楽しんでいるのかな?それならペットの犬より一緒にいる時間も長いし、行ける場所も多いのだから犬は幸せになれるのかも・・・」と考えを改めたのです。
が、私の「まじめなお散歩」発言に対して、その使用者の方は「犬はあなたが考える以上にハーネスの重みを感じているはずだ。歩いているときの緊張はかなりのもので、家にかえってハーネスをはずすと、解放感に満たされて、ころげ回って喜ぶじゃないか」とおっしゃいました。
確かにアイメイト協会での訓練中には、犬を完全に自分に従わせるため、いぬ自身の感情表現をほとんど許しません。けれども「親子関係」がほぼ成立した今私はノエルにそこまで機会的に私に尽くすことを求めてはいません。犬だって短い犬生を幸せに過ごす権利がありますもの。危険と世の中への迷惑さえやらかさない程度にまじめに歩いてくれれば、不必要な緊張やストレスを感じなくてよいと思うんです。盲導犬使用者といってもいろんな価値観の人がおられるわけで、それはそれでいいとおもいます。
ちなみにノエルは帰ってハーネスをはずしたときと同じくらい、出かけると分かったときにもはしゃぎます。ハーネスに自分から頭つっこんで来ますし(笑)。
とにかく「ノエルの足跡」で私が書いていることは、私とノエルの感じ方であって、盲導犬使用者全員の代表意見ではないということをご理解の上、続きも読でいただければと思います。
なんだか、いつになく固くなってしまいました。これからもよろしく!
ノエルの足跡11 ノエルと海
ノエルの足跡とは

ヒトミ

著者:ヒトミ

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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