「ズボラなオットの緻密な旅計画」カテゴリの記事タイトル一覧(新着順)
- 2006.09.21・・・ズホラなオットの緻密な旅計画<28>
- 2006.09.17・・・ズホラなオットの緻密な旅計画<27>
- 2006.09.14・・・ズホラなオットの緻密な旅計画<26>
- 2006.09.12・・・ズホラなオットの緻密な旅計画<25>
- 2006.09.08・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<24>
- 2006.08.30・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<23>
- 2006.08.28・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<22>
- 2006.08.24・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<21>
- 2006.08.23・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<20>
- 2006.08.21・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<19>
- 2006.08.16・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<18>
- 2006.08.11・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<17>
- 2006.08.10・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<16>
- 2006.08.03・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<15>
- 2006.08.02・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<14>
- 2006.08.01・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<13>
- 2006.07.31・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<12>
- 2006.07.18・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<11>
- 2006.07.13・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<10>
- 2006.07.11・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<9>
- 2006.07.09・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<8>
- 2006.07.07・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<7>
- 2006.07.04・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<6>
- 2006.07.03・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<5>
- 2006.06.29・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<4>
- 2006.06.27・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<3>
- 2006.06.26・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<2>
- 2006.06.25・・・ズボラなオットの緻密な旅計画<1>
ズホラなオットの緻密な旅計画<28>
編集後記
たまたま出発前に「Travel Diary」というものを入手したので、今回はメモをとり、自分の「備忘録」として、いつの日か読み返すことを楽しみに書きました。
90年のイタリア大会ではバグダット空港で乗り継ぎの待ち時間に、急に周囲のアラブ人がアラーの神に祈りを捧げた光景や待合室に飾られた巨大なフセインの写真を見て感じたことやその1ヵ月後にイラクがクェートに侵攻し、日本人レポーターが空港から中継している風景を見て、妙な気持ちになったこと。先輩がジプシーに囲まれて「あっ、やられた!」と言ってよくよくチェックしたら、盗まれないように何回もパスポートの有無を確認しすぎてボディポーチのチャックを開けたままにしていたこと。
94年のアメリカ大会では、チケットもなく手ぶらで渡米したものの、バッジオがPKを外した決勝戦まで観戦できた経緯や自分の誕生日に同行した友人とその友人であるジョン・カビラ氏がロスの中華料理店でお祝いしてくれたこと。
また98年のフランス大会では、20人ぐらいの有志で行くツアーに初めてツマを連れて行き、そんな時でないと絶対行かない地図にも載っていないような南部の海岸沿いの小さな街で美味しいカキを食べたり、列車で試合地に移動中にイラン人のダフ屋からチケットをゲットしたり、それでもチケットが不足したので、最後はホテルの中庭でPK合戦をやって必死な思いでチケット入手したり、そのPK戦で女性の替わりにキックした男性が外してしまい号泣して謝ったり、でも成功した人から譲ってもらって無事観戦できたりしたこと。
2002年の日韓大会では、ロナウジーニョのハーフウェイラインからのフリーキックが直接ゴールインしたのを目の当たりにしたり、決勝戦も横浜で観戦できたりしたこと。
メモをとっておけば本を一冊ぐらい書けるぐらいのエピソードがあったはず。
そんな思いもあって、今回はメモをつけはじめたところ、ツマから「ブログ」として掲載するから”記事”として書いて欲しいと頼まれました。
数年前に大ヒットした「冷静と情熱のあいだ」のパクリではありませんが、今回の旅行に関して、ツマ側からと私側からとそれぞれの視点で記事を書きました。
またいずれ同様の企画が実行できることを願って、今回は終了とさせていただきます。
Ganz Genau !!
2006年9月21日|コメント (2)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズホラなオットの緻密な旅計画<27>
2006年6月14日(火)
いよいよ今回の「強欲ツアー」の最終日となってしまった。
相変わらずガメツク高級ホテルの朝食、特にスモークサーモンをいただく。
これが最後だと思うとさらに美味しく感じられる。
出発時刻まで街中を散策。かなり暑いので、教会で涼をとる。全体的に落ち着いていて、リッチそうな観光客も多く見かけられるいい雰囲気の街である。
店のディスプレイも上品なもので飾られていて、フラフラと店に入ってついシャツを2枚買ってしまった。余計な出費をしてしまった、と思っても後の祭りだ。
バーデンバーデンからICでフランクフルトに向かう。どこまでも草原が続くかと思うと、やがて教会の塔とその周囲に集落が見えてくる長閑な風景ともお別れだ。
あとは空港で「土産」を買うだけである。
ところが、空港のショップにはアテにしていた「ワールドカップTシャツ」が売り切れていた。「ガビ~ン!」行く先々でも土産に相応しいものもあったが、買う数量などを勘案すると、持ち運びがシンドそうだと思い、空港でまとめて購入する予定だったが・・・
探し回った結果、ようやく子供用(中学生と小学生程度)のものを相当数買い占めることができた。ドイツの子供は大きいから、これで間に合うか?
行きのフライトで懲りたので、帰路はチェックインカウンターで2人とも通路側を取ってもらい出やすくした。これでトイレも安心だ。アップルジュースやら牛乳やらガブチャカ飲んでやる(両方とも非常に美味しいです)。
いよいよ香港経由で18時間の長旅が始まる。
そろそろワンチャン達が恋しくなってきたオットであった。
つづく
2006年9月17日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズホラなオットの緻密な旅計画<26>
次の目的地であるAachenの大聖堂に向かう。
パリ-ブリュッセル-ケルンを時速300Kmで走る「タリス」という列車に乗ったが、本格的なスピードを出す前に下車することになったのは残念だった。
「タリス」というより「モノタリズ」という感じだ・・・
Aachenの大聖堂の内部は、ゴールドをベースにしていて、これまでに見たことのないものだった。ケルンの大聖堂とは異なる雰囲気で、これもまた良かった。
一旦ケルンに戻り、再度別の角度から大聖堂を見て、「今度こそは!」と気合を入れて、今日3つめの世界遺産である「ライン川渓谷」沿いを走る列車を選択して丘の上の古城やら「ローレライ」を楽しみながら帰路に着いた。いつの日か「古城ホテル」に泊まってみたいものだ。
これで「3名城+ワールドカップ観戦+3世界遺産」を巡る今回の旅も終わりに近づいた。
できれば引退後にはドイツかオーストリアに住みたいという思いを強くしたオットであった。
つづく
2006年9月14日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズホラなオットの緻密な旅計画<25>
知ったかぶりをして「右側の席の方がライン川がよく見える」と得意気に指示したものの、こうトンネルばかりでは右側だろうが左側だろうが一切関係ない。「減点1」の評価を下されやや気落ちしているうちに、目的地のケルン駅に到着。駅構内にあるオーデコロンの"4711"の看板が懐かしい。「ケルンの水」を意味するフランス語のオー・デ・コロン発祥の店の番地である。
やはりドーム(大聖堂)は圧巻である。改札を出て真正面にあるドームは、見上げると首が痛くなるほどの威圧的な高さで我々を出迎える。以前海外研修で、1時間弱ほど離れたところに住んでいて、ケルン支店に毎日通っていたので何度も見慣れたはずだが、やはり圧倒されてしまう。高いだけでなく幅も広い。心の準備ができていても鳥肌が立つ。
観光客は、一様にどうにかしてこの大聖堂をカメラに収めるべく四苦八苦している。どんどん後ろに下がっていき、まるで「ムーンウォーク」のようだ。
中に入ると、お目当てのステンドグラスが眼に飛び込んでくる。ただただ荘厳である。しかし一つだけガッカリしたのはティーンエージャーが短パンとタンクトップで入場していることである。今やドレスコードを規制しているのは、バチカンだけになってしまったのか・・・
威厳あふれる世界遺産の中に佇み、時代の流れを感じるオットであった・・・
つづく
2006年9月12日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<24>
2006年6月13日(火) 晴れ
いよいよ今日は「緻密な旅計画」の最終章である”3つの世界遺産巡り”を1日で体験するという超欲張りな日である。普段は引っ込み思案なオットであるが、好きなことに関してはターボ付のエンジンがフルスロットルになる。
これまでのホーエンザルツブルグ城、ノイシュバンシュタイン城、ハイデルベルグ城の3名城は大きな花丸、ワールドカップはとてつもなく大きな×、ときたので、最後は◎で締めたいものだ。
”3つの世界遺産巡り”とは、まず1.丘の上に建つ古城を車窓越しに眺めながらライン川渓谷をケルンへ、2.ケルンの大聖堂と3.アーヘンの大聖堂、を見学するという私にピッタリのインテリジェンスに溢れたスケジュールだ。
バーデンバーデンからケルンまでの往路は、右側にライン川が見えるはずなので、右側の席に着くようにツマに指示。ツボをおさえたすばらしいツアーコンダクターぶりだ。ところが、そろそろ川が見えるかな、というぐらい相当走ったのに全くライン川が臨めない。それどころかトンネルだらけである。
「ウ~ム、おかしい」と思い、Thomas Cook時刻表を再度チェックすると、ガビ~ン!な~んと「High Speed Line」と記載されているじゃあーりませんか。混雑するライン川沿いの線路を避けて、新しく建設した景観無視のバイパス路線を走っていることが判明した。日本でいえば新幹線用の路線みたいなものか・・・
やはり子供の時のように、Thomas Cook時刻表を定期購読すべきだったと後悔したオットだった・・・
つづく
2006年9月 8日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<23>
今日は典型的な負けパターンにはまってしまった。
オーストラリアがワールドカップ出場回数を増加させるため、これまでの「オセアニア=0.5枠」即ちオセアニアチャンピオンになっても、南米の5位とかアジアの4位等とプレーオフに勝利してはじめて出場権を獲得できる、という中途半端な状況から「アジア枠」への参加が承認された次回予選からは強力なライバルになることは間違いない。以前は、オセアニア予選を勝ち抜いたものの、アジアの4位のイランとの戦いに敗れ、その前は、アルゼンチンやウルグアイ等南米の5位と争った結果、僅差でワールドカップ出場を逃した経緯がある。その結果、オーストラリアで2番目の金持ちが会長をしているオーストラリアサッカー協会がアジア連盟に金をばらまいて、自国を「アジア枠」に参入することに成功した、という噂を聞いた。
まして今回のアジア勢の惨憺たる結果(日本、韓国、サウジアラビア、イランの4カ国すべてが予選リーグ敗退)により、ヨーロッパ諸国から「アジア枠」を減らすようFIFAにプレッシャーがかかるであろう、などと想像すると、日本の本大会での好成績(決勝トーナメント進出)どころか、ワールドカップ出場さえ危ぶまれる。
アジアが「3枠」にでもなってしまったら、韓国、イラン、サウジ、中国、オーストラリア、日本、イラクに加えて、UAEやバーレーン、カタール、クェートなどの中東勢も侮れないし、日本が苦手とするサッカーをしてくる・・・
果たして2010年の予選組み合わせは・・・
帰りの遅延する列車の中、疲労困憊した頭でそんなことを考えつつ帰路についた。
毎大会、「君が代」を歌ってコナキジジィになりたいよ~、と切に思うオットであった。
つづく
2006年8月30日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<22>
ロングスローに飛び出した川口が空振りした結果、同点弾をくらった。キーパーは飛び出したら味方だろうが敵だろうが蹴散らしながら、ボールをキャッチするかペナルティーエリア外にはじき出さなければならない。キーパーがそれでファウルをとられてPKになったことなど見たことがないし、ゴールがガラ空きになってしまうから当然である。それまで見せていたファインプレーも水の泡だ。
日本レベルの国が大きな大会で勝利するには、致命的なミスは一つも許されない「完璧さ」が必要である。
もうこうなったら日本は逃げきれない。ここが日本の大いなる弱点であり永遠の課題である。
先取点をとった瞬間は嬉しかったが、すぐ「これはマズイ事態になりそうだ」という思いが湧いてきた。点をとった時間帯が早すぎたからである。なぜならば終了ギリギリまで0-0で凌いで、最後に俊輔のFKで勝利する、というパターンしか日本は勝つ方法がないと思っていたことに起因する。早い時間帯に先取点をとって1-0で勝つ、などという精神力も体力も戦略もないのが残念ながら日本の実力なのである。「引分け戦法」がとれない。勝ちにいくのか、引分けでよしとするのかはっきりしないまま、予想どおりあっという間に逆転された。
まわりのオーストラリアサポーターが熱狂する。自分の方にビデオを向けてきたサポーターに対して、思わず中指を立てる。ファ○○ユー!!
クロアチアも恐らく初戦のブラジル戦では敗れるだろうから、次の日本対クロアチア戦はどちらにとっても絶対勝利しなければならない戦いになった。
もう今回のワールドカップは終わったことを実感したオットであった。
つづく
2006年8月28日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<21>
2006年6月12日(月)15時 キックオフ
いよいよ2006年ドイツワールドカップにおける日本の初戦のホイッスルが吹かれた。試合の詳細については割愛するが、日本の悪いところ(得点力不足、終了間近の失点、キーパーのミス)ばかりが目立った試合だった。
4チームが8グループに分かれており、シード国+それに準ずるやや強豪国が各組に必ず入る。よって残り2枠に、アジア(4)・アフリカ(5)・オセアニア(1)・北中米(4)が割り当てられる。この同レベルのチーム(日本の場合はオーストラリア)に負けると、残りは準強豪国(クロアチア)とシード国(ブラジル)との戦いで、残り2試合で1勝1分でも決勝トーナメント進出が五分五分になる。
ただ個人的に日本は、南米やアフリカのように「個人技」や「身体能力」が高い国よりもヨーロッパのように「組織」で戦う国の方がまだ何とかなりそうだと思っていたため、もしかしたらクロアチアには勝てるのでは?とわずかな期待を持っていた。反面オーストラリアには身体能力・体力・気力面を考慮すると勝利するのは難しいと考えていた。だからこそ対オーストラリア戦は「勝てればもうけもの。引分けでよし」という考えだった。
即ち、対オーストラリア△か○、対クロアチア○、対ブラジルXが「期待する結果」である。”現実的”には、残念ながら3連敗か1分2敗というところか、と想定していた。
人生に関しては積極的だが、サッカーに関しては燃えるわりには消極的なオットである。
つづく
2006年8月24日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<20>
2006年6月12日(月)
今日も快晴。とにかく今回の旅行は天気に恵まれている。だが選手には暑過ぎるのではないか、いや、冬のオーストラリアから来た連中よりも有利か?などとあれこれ考える。
ホテルの朝食は、さすがに五つ星。バイキングの領域を超越していた。普段は滅多に食べられないスモークサーモンを品良く2回に分けてガッツンガッツンいただいた。ノルウェーのベルゲンという海沿いの街に泊まって以来の超美味の味で、甲乙つけがたい。ただ総合的には、こちらのホテルの方が質は上回っている。
日本代表のユニフォームに着替えていざ出陣である。会場となるカイザーズラウテルン駅に着くと日本人の青、オーストラリア人の黄色でごった返している。オーストラリア側は応援歌を歌いながらスタジアムに向かう。誰かが歌い出すと、他のグループが呼応して歌い出すため声が重なり、大いに盛り上がる。一方日本側は「ニッポン、チャチャチャ」の繰り返しなので、2~3回やると飽きてしまい、フェイドアウトしてしまう。だいたいどこの国も応援歌があるので、とても羨ましい。特にイングランドはすばらしい。
スタジアムは丘の上にあり、巡礼に来たわけではないのに、どこまでも長い階段が続く。勝利への階段ならばいいのだが・・・
とにかく暑さと体力不足で、試合前なのにもうヘトヘトだ。
ようやくスタジアムに入場。「カテゴリー1」という最も高い席(予選リーグでは約16,000円)なのに、コーナーフラッグの上の方でかなり全体が見にくい。以前よりも「カテ1」という価格の高い席のエリアをこんな所にまで広げるなんて、FIFAのしたたかさを感じた。
そうこうしているうちに、選手紹介に続いて選手入場だ。
いつものように「君が代」を熱唱。これまで以上に気合が入り過ぎて、ほんのり目頭が熱くなる・・・
コナキジジィになってしまったオットであった・・・
つづく
2006年8月23日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<19>
ハイデルベルグ城もまた内部よりも外観の方に感動した。特にネッカー川にかかる橋の上から見上げた城には、力強さを感じた。
ゲーテも絶賛した景色だ。時代を越えて、それと同じ景色を見て感動しているツマとオット。地道に時間をかけて本来の姿(景観)を維持している労力はいかばかりだろう。
3つの城とも甲乙つけ難いが、「優雅さ」のホーエンザルツブルグ城、「豪華」なノイシュバンシュタイン城、「力強さ」のハイデルベルグ城という印象だ。
マンハイム経由で、19時17分にバーデンバーデン駅着。ここははじめて訪問する土地でリゾートエリアとして有名な場所。日本語に訳すと”温泉温泉”という地名だ。名前からしてリラックスできそうだ。
ホテルのある街の中心部は駅から離れており、バスでホテルへ。
最初の3泊は「激高」のドイツを外し、ザルツブルグに宿泊したことで少しばかり節約できたので、ここでは奮発して「五つ星」の宿を予約した。
貧乏人のオットは、これまで「五つ星」のホテルなんぞに宿泊したことが無かったので、部屋に荷物を運んでくれたポーターにはつい過剰なチップを渡してしまい、少し後悔した。慣れないことをしてはいけない、と反省した。
いよいよ明日は大事な初戦。是非勝って欲しい。
と思いながらも、いろいろな失点場面を妄想してしまうオットだった・・・
つづく
2006年8月21日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<18>
2006年6月11日(日)
オットはどうやらソッコウで「ンゴゴゴゴ~」と眠るらしくて、「寝つきが悪くて困る」という口癖をどうしても信じてもらえず、とても心外である。
とにかく今朝も気持ちよく目覚めた。今日も快晴。ホーエンザルツブルグ城が間近に、遠くにはアルプスの山がよく見える。鐘の音も心地よい。今日はバーデンバーデンへの移動日。この絶景とも鐘の音ともお別れだ。
スリッパ、石鹸、髭剃り、歯ブラシなどが揃っていない点以外は、バイキングの朝食の味やボリュームにも満足できた。このレベルでドイツ国内の半額で宿泊できて何だか得した気分。
7時53分のICで一路ハイデルベルグへ。途中、ミュンヘンやベンツの本社があるシュツットガルトなどに停車して、12時45分にハイデルベルグに到着し、途中下車する。
荷物をコインロッカーに預けて、いよいよ3つ目の古城見学へ出発。
駅前から中心部に向かうバスには優先道路が確保されている。何系統のバスがあと何分で到着するかがバス停に表示されているため、非常にわかりやすいのみならず、イライラ感を軽減させてくれる。驚いたことに、一部運転区間では、車道とコンクリート壁で遮断されている「市電の線路上」を走っていた。多少揺れたが、日本とは異なり、公共輸送への意識の高さを垣間見ることができた。
旧市街に到着し、早速城内へ。確か以前には見学コースの最後にワインの無料試飲があったはず(ガイドブックにもそう書いてあった)だが、今回は「有料」になっていた。「タダで飲ませろ!」叫ぶ酒好きのツマ。「どぅどぅどぅ」なだめる酒が飲めないオット。
会社でも家でもペコペコする腰の低いオットであった・・・
つづく
2006年8月16日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<17>
2006年6月10日(土)
7日に家を出発して、8日の朝にフランクフルト着、ミュンヘン経由で夜にザルツブルク着。9日はザルツブルク城を見て、3名城+3世界遺産+1試合のワールドカップ、という7つの目的のうち、1つ目をクリアー。
今日は、ロマンティック街道の終点にある「ノイシュバンシュタイン城」を日帰り観光するというスケジュール。さすがに当初予定の6時15分発という列車に乗るのはやめて、9時3分に変更した。ミュンヘンで乗り換えフュッセンというローカル線の終着駅に向かう。そこからバスに乗り換えて数分走ると丘の上に建つノイシュバンシュタイン城が見えてきた。これまた23年ぶりなので、記憶と異なり「白色」ではなく「グレー」に見えた。城の名前も「新しい白鳥の石」ということやガイドブックの写真の印象が強烈だったのか、「あらら?」という再会だった。
終点でバスを降り、数分坂道を登ると城の入り口まで行く「馬車停」があった。
確か徒歩だと坂道がかなりシンドイという記憶があったので、馬車で行くことに。ここで体力を消費すると肝心の試合の時、応援に力が入らないのでは、と思った。そういう「言い訳」が瞬時に思いつく。年はとりたくないものだ。
少し並んで馬車の最前列に乗る。景色もよく特等席だ。客席が全て埋まるまで出発しない。ようやく定員に達し、いよいよ出発だ。と動き出したとたん、「ブヒブヒ、バホバホバホ~ン」と妙な音がした。2頭の馬のうち、ツマの側の馬がものすごい屁をこいたのだ。”ハンドラー”が「歓迎のヘコキだ」とドイツ語で言ったような気がした。「よ~し、それならオレも!」とヘコキ返しをしようとしたが、リキみ過ぎて”万一”の事があってはいけないと思い、控えることにした。名城に名馬あり。
城に到着すると、さっきはグレーだった外観が、白く見えた。どうも日差しの強弱でグレーのように見えたり、白くなったりするようだ。確かにさっきは曇りだったのが、今は相当日差しが強い。若い娘のハミダシタルタル肉もよく見える。
時間がなく、残念ながら内部の観覧だけで、最も美しくノイシュバンシュタイン城を眺望できるというマリエン橋まで行くことができなかった。前回も行けなかったので次回には是非時間に余裕をもって来てみたい。
それにしても見事な「ヘコキ」ぶりに、便秘気味のツマは羨ましそうな横顔をしていた・・・
つづく
2006年8月11日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<16>
2006年6月9日(金)
試合は4-2でドイツの順当勝ち。ドイツの初得点は今後2006ドイツワールドカップの名ゴールのひとつとして語り継がれるほど素晴らしいものだった。
やはり開催国は順当に勝つようなグループ分けになっている、というのは本当のようだ。なぜなら、抽選会でゴルフボールをやや大きくした球の中に国名が記された紙が入っているクジを引くのは、各国から招待された人(日本からは中山選手)で、恐らく開催国の属するグループには強豪が揃わないような仕組み(例えば目には見えないが、同組にさせたいやや弱小国が入ったボールには、触るとポッチがある等)になっているのではないか、と思える。
「人間の手で直接ボールを取り上げる」というところがミソなのではないか。
別にコスタリカが弱い、という意味ではなく、ポーランド、エクアドル、コスタリカという顔ぶれを見ての感想である。
ドイツは強豪なので一次リーグで敗退するようなことはないが、開催国が決勝トーナメントに進出できないとなると興行的に大問題となることは間違いないので、今後とも”その仕組み”は継続されるだろうし、それはそれで仕方がないと思う。
他の試合は、エクアドル対ポーランド戦。主審は日本の上川さんだ。アナウンサーが盛んに”カミカワ”と言っているが、内容は不明。
主審も試合ごとに評価されて、良いジャッジングをすると今後も審判を委ねられるし、反対にミスが多いと帰国させられる。プロ化されたレフェリーにとっても「ワールドカップ」は真剣勝負の場である。
それにしても今日一日街を歩いていて気づいたことは、「犬の多さ」と太っていてもお構いなしのティーンエイジャーの「ヘソ出しルック」である。犬はかわいくて問題ないが、タルンタルンの腹をこれ見よがしに露出しているのはいかがなものか。しかもわき腹の肉がGパンの上にこぼれ出ていて、歩くたびにタルル~ンとふるえている・・・
まるで剣を刺すと”ポ~ン”とマリオ人形が空中に飛び出す「樽」のようだ。
ツマよ自信を持て・・・
つづく
2006年8月10日|コメント (2)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<15>
2006年6月9日(金)
昨夜は疲労もあり、早く就寝したため、朝5時30分に目が覚めた。カーテンを開けると天気予報に反して快晴!ホーエンザルツブルク城はさらにその優雅さを誇るように見え、目を転じると万年雪をいただいた山が遥か遠くに聳えたっている。そして鐘の音・・・心が休まる。
今日の予定は、これまでの移動による疲労を考えて”市内観光”に専念。
朝食後、徒歩で中心部に向かう。大きな都市は「駅」と「中心部」が離れていて、どちらに行くにしても、バスや市電で移動しなければならないことが多い。
宿も利便性を重視して他とあまりかわり映えしない風景の「駅前」に泊まるか、「中心部」まで行って、その土地ごとに異なる雰囲気を味わうかを選択しなければならない。ここザルツブルクでは移動の便利さを優先して「駅前」を選んだ。
ただザルツブルクはそれほど大きな街ではないので、徒歩で観光スポットに到達することができる。
ミラベル庭園、モーツァルトの住居を経て、旧市街へ。気持ち良い散歩である。続けてモーツァルトの生家(「住居」とは異なる)を見学。やはり20年以上も前の記憶は確固たるものではないようだ。外見は一緒だが、中は随分記憶とは異なるように思えた。
変わらないものといえば、モーツァルト通りやらモーツァルトチョコなど「モーツァルトだらけ」という点で、今年はそれに輪をかけて「モーツァルト生誕250周年」をアピールしている。まさに「モーツァルトさまさま」である。
ケーブルカーでホーエンザルツブルク城に登る。内部を観覧するが、期待していたほどではなく、自分はどちらかというと遠目から城、川、橋という絵柄を眺めることが好きなのかな、と思った。
今夜はいよいよドイツ対コスタリカで2006年ワールドカップの開幕だ。
食料を買い込んでワクワクしながらホテルに戻る。
ワールドカップの現場に5回も立ち会えた幸運に感謝したオットであった・・・
つづく
2006年8月 3日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<14>
まず、旅行時期はワールドカップ開催前にある程度の観光を終え、宿泊は激混み+通常の2~3倍もの費用がかかるドイツをできるだけ避けるという考えから、まずドイツとの国境近くのザルツブルク(オーストリア)に入り、ホーエンザルツブルク城、ノイシュバンシュタイン城とハイデルベルク城を試合前に観光する。
そして試合後は、ケルンとアーヘンの大聖堂とライン渓谷を見学するという大胆かつ不敵な計画である。
その結果、
6/7(水)成田⇒香港⇒
6/8(木)フランクフルト⇒ミュンヘン(チケットゲット!)⇒ザルツブルク(泊)
6/9(金)ホーエンザルツブルク城等ザルツブルク市内観光(泊)
6/10(土)ミュンヘン⇒フュッセン経由でノイシュバンシュタイン城の日帰り観光 ザルツブルク泊
6/11(日)ザルツブルク⇒ハイデルベルグ(途中下車し、ハイデルベルグ城等観光)⇒バーデンバーデン(泊)
6/12(月)バーデンバーデン⇒試合観戦⇒バーデンバーデン(泊)
6/13(火)バーデンバーデン⇒ケルン(大聖堂)⇒アーヘン(大聖堂)⇒ライン川渓谷⇒バーデンバーデン(泊)
6/14(水)バーデンバーデン⇒フランクフルト⇒
6/15(木)香港⇒成田
という、たった6泊8日のうちに、3つの名城、3つの世界遺産、ワールドカップ1試合をカバーするという前代未聞、超贅沢かつ欲張りな計画ができあがった。
見た目同様に考えることもファンタジスタなオットである・・・
つづく
2006年8月 2日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<13>
ここで今回の旅行の目的について書いてみる。
もちろん渡欧のキッカケは「5回目のワールドカップ観戦」だが、以前にも書いたように今大会で入手できたチケットは1試合のみ。これまでの「観戦の合間に観光」とは全く逆で「観光の合間に観戦」という構図にならざるを得なかった。
具体的には6/12(月)の観戦と観光をどのように組合わせるのか、が肝である。
まず、観光したいスポットをピックアップした。
1.ツマはドイツは初めてなのでオーソドックスな有名観光地をメインとする。
2.時間が制限されているので、せいぜい3泊ずつ2ヶ所程度の宿泊と移動に抑え、なおかつ自分の「地の利」がある場所の優先度を高く設定する。
その結果、ノイシュバンシュタイン城、ハイデルベルグ、ケルンの大聖堂、ライン川渓谷が浮かんできた。ここからが勝負である。これらの「点」をどのように「線」として、試合日と会場、宿泊地これらすべてを折り込みかつ時間軸も勘案して繋ぎ合わせるか。
光よ光よ教えてくださいな、そ~っと教えてくださいな、と唱えたり、水晶玉を覗きこんだり、タロット占いをしたり、地図を広げてワンチャンに指差させたりした結果、すばらしいアイディアが生まれた。
「3ヶ所の古城+3ヶ所の世界遺産+ワールドカップ観戦」という稀にみる超ロマンティック&インテリジェンス&血沸き肉踊る内容となった。
その名アイディアに自画自賛のあまり、ウットリしたオットであった・・・
つづく
2006年8月 1日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<12>
ホテルからの眺望は絶景である。周囲には高い建物がないため、ホーエンザルツブルグ城の威風堂々とした姿が望め、右に目を移せば、遥か遠方には雪を頂いたアルプスの山々が聳え立つ。
定時には教会の心地よい鐘の音が街中に響き渡り、心にも染み渡る。
北に位置するために、この時期は午後9時なのにもかかわらずまだまだ明るい。日本でいえば夕方5時ぐらいの感覚か。
とても旧市街にあるガイドブックで下調べしたレストランまで行く元気がないので、近所の「Burger King」で夕食をテイクアウトする。
テレビでは、当然のことながらワールドカップ一色。
いよいよ明日は、ドイツ対コスタリカ戦で2006年ワールドカップが開幕する。今回はどこが優勝するのか、どんな名勝負があるのか、日本は予選リーグを突破できるのか、初戦はどんな戦いになるのか、勝てるのか、大いに楽しみだ。
ちなみに自分は、日本の予選リーグ突破はX、優勝はアルゼンチン、イングランド、イタリアのいずれか、と予想している。
そんなことを考えるうちに、あっという間に眠りにおちたようだ。
どこが寝付きが悪いのか、と不思議がるツマ・・・
つづく
2006年7月31日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<11>
2006年6月8日(木)
荷物を駅のコインロッカーに預けた後、ワールドカップスタジアム近くにあるチケットセンターに急ぐ。そこは既にチケット交換を求める人々で長蛇の列だった。かなりの人達が母国のユニフォームを着ている。何と我々の前は黄色のユニフォームを着たオーストラリアの3人組だった。皆かなり大柄だ。つい試合でヘディングシュートを決められる場面を想像してしまう。現実にならなければいいが・・・
2時間半も待たされて、ようやくチケットゲット~っ!グリーンでかなり硬い紙だ。仕事よりもずっと念と気合を入れて作成した譲渡書類も完璧だった。
「私の親友と義母」というあり得ないペアで申し込み、当選したものが、私とカミさんの名前で生まれかわった。
ミュンヘンに戻り、遅い昼食を摂る。
その後、宿泊地のザルツブルグに向かう。
途中、23年前に初めてドイツに来た際に、3ヶ月間語学研修のために滞在したプリーン駅に停車。その時は、1月で雪深く初めての海外生活ということもあって心細かったが、今思うととても懐かしい。
いつかまた訪問してみたい。
18時2分 ザルツブルグ駅到着。
ホテルは目の前だ。香港乗換え、チケット交換などここまで直行したわけではないが、家を出てからいったい何時間経ったのだろうか。
ようやく体中からアドレナリンが消えていくのを感じる。
枕が替わるとなかなか寝付けないが、今夜はツマと同様3秒で眠れそうだ。
意外と神経質なオット・・・
つづく
2006年7月18日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<10>
2006年6月8日(木)
朝6時54分 フランクフルト空港駅発 ミュンヘン駅行
車窓から見る景色は23年前とほとんど変わっていないように感じられた。
ずっと草原が続き、牛が草を食み、どこまでものどかである。
それが永遠に続くかのようだ。
やがて遠くに教会の尖塔が見え、その周りにはレンガ色をした積雪を避けるためであろう鋭角な屋根が、ひっそりと教会を取り囲む絵柄が続く。
教会を中心にした文化が長い時間をかけて熟成されてきたであろうことを容易に想像させてくれる景色。心が穏やかになる。
きっと彼らは日曜のミサのたびに家族連れ立って教会に行き、ある時は懺悔をし、またある時は、神に今後の歩むべき道筋について問うているのに違いない、などとそこに住まう人々の生活を想う。
どんな人生なのか、平凡なのか、幸せなのか。
そんな事はただの通りすがりの旅人である「異邦人」の勝手な思い過ごしなのかもしれない。
そんな想像力をかきたたせてくれるから、旅はやめられない、などと思っているうちに、背の高い白樺の林が窓外を走る。それを過ぎると、やがてまた遠くに教会が見えてくる。
そんな事の繰り返しであっという間に、時速200Km以上を誇る「ICE」(Intercity Express)という特急は、ウルムの世界一高い塔を持つ大聖堂を経て、ミュンヘン中央駅のカマボコ型駅舎に静かに滑りこんだ。
時計を見ると午前10時30分だった。
さぁ、ここで下車してスタジアムに行き「チケット交換」だ、と”空想”の世界から”現実”の世界に戻る。
実券を入手して目の当たりにする楽しみと譲渡手続きがうまくいくか、若干の緊張感がはしる。
旅は誰をも詩人にさせることを実感したオット・・・
つづく
2006年7月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<9>
「いろいろ考えてみても仕方ない。とりあえず飛び込んでから、考えてみよう」という生来の楽天的性格から、そのドイツ系の会社で働きだした。
大学の友達は勤務してから1年経っていたが、一浪したと思えばどうってことはないと思い、その遅れを取り戻すべく相当なハイテンションで勤務をスタートした。8時45分始業で昼休みは45分、という、朝寝坊の自分にしてみればとても考えられない条件での勤務だったが、それ以外は楽しみながら働くことができた。
数年後、ドイツから赴任してきた人と一緒に働く機会があり、やり取りをしていたところ、その人からドイツ本社で1年間トレーニングを受けてみないか、と提言された。
海外旅行はしたことはあったが、MBAを保有していたわけではないので、1年間という長期海外滞在は初めてだったし、チャレンジしてみたかったので快諾した。
その1年間のドイツ滞在中に印象に残ったところ、もう一度訪れたかった場所をサッカー観戦と巧く組み合わせながら、ツマと訪問するのが、今回の目的である。
ようやく「本線」に戻れる、とホッとするオット・・・
つづく
2006年7月11日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<8>
さらに鉄道の話は続く。話は鉄道だけに「脱線気味」。おっと、座布団まではいかないか。シャレにならない事故もあったし・・・
やがて年を重ね、サッカーに明け暮れた中学、高校時代を終え、大学に進学し、あっという間に就職時期に至る。就職先として自分も楽しめるし、人様にも楽しんでいただけて、それで給料がもらえればと一石三鳥の思いで、「JTB」を受けようとしたが、何と「学内推薦」が必要であることを4年生の時に知った。
時すでに遅く、怠惰な学生生活をおくっていた自分は推薦を受けられるほど成績優秀のはずもなく、他の中堅旅行会社を受験し、運良く内定。
その後、「旅行」と「航空貨物」両方取り扱っている上記よりも安定性のありそうな企業からも内定を得た。迷った挙句、後者を選んだ。
ところが配属先は、何と「航空貨物」部門。中国にいる旦那に空輸する箱を開けて、インスタントラーメンや梅干が詰まっているビンの数を数えたり・・・
何だか空しく、こんなことでいいのか、と思い3ヶ月で退職。
結局、何をやりたいのか不明なまま1年近くアルバイト(今でいうフリーター?)をしていたある日、高熱で床に伏していた父から、「男ならちゃんと働け」の一言。
普段、そういう発言をしない割と放任主義の父で、しかも病床に自分を呼び寄せての発言。重みを感じた。遅ればせながら、真剣に就職を考え、ようやく「外資系で貿易実務をしてみたい」という結論に至り、ドイツ系の企業を受験。
ところが、職種はやってみたかった営業が受注してきた物を倉庫から顧客に納品、もし在庫が無ければ、海外の親会社(工場)に発注、云々、という今でいうところの、ロジスティックスあるいはサプライチェーンではなく、何の下知識も無い「経理」。あればありったけ使ってしまい自己の金勘定もできない自分が、会社の金庫番とは・・・
「旅行」部門に行きたかったのに、「貨物部門」への配属となった最初の会社と同じじゃないか、ツイていない・・・
その後「格安航空券」の浸透とともに”個人旅行”が増加したため、”パッケージツアー”に注力していた最初に受けた旅行会社は倒産した。
ジンセイの機微をわずかながらも窺い知った「若き血」のオットだった・・・
つづく
2006年7月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<7>
小学校6年生時の塾仲間の隣家では、そこのご主人が鉄道模型を家中至る所に走らせており、それが見たくて見たくて、塾に行くフリをして、さぼったことも何回かあった。
それはまるで「鉄道博物館」のようで、玄関や台所、トイレまで線路が敷き詰められていた。トンネルや鉄橋の模型も精緻で、そこを蒸気機関車や特急、貨物列車が走っている様は、自分にとっては夢のような空間であり、時間の経つのも忘れて見入っていた記憶がある。
ただ友達のお母さんから母への通報(お宅の子供がウチの子を誘って塾に行かずにお隣さんばかりに行っているので困る、というタレコミ)により、それ以来鑑賞することができなくなったのが残念である。
またその頃は「時刻表マニア」でもあり、変わり映えもしないのにわずかなお小遣いで頻繁に時刻表を購入し、東海道線の駅を東京から静岡まで暗記したり、最北端の稚内駅から最南端の枕崎駅まで日本海沿岸経由で一周するのと太平洋沿岸経由だとどんな電車に乗るのかとか、何日ぐらいかかるのかとか、逆に最南端からだとどうだ、ええい、いったいどっちが早いんだ!とか、あるいは欄外に記載されている名物駅弁を見て、「おぉ釜飯か。うまそうじゃないか、一度喰いたいもんだ」などと早くも妄想気味の一面をみせていたようだ。
さらに電車に乗ると必ずといっていいほど運転士の後ろから、運転技術をチェックていたり、しまいには「おっと今のブレーキングはちょっと遅すぎやしませんでしたか、運転士さん」などと批判していたようだ。
意外にも、かなりネクラな幼少時代だったオット・・・
つづく
2006年7月 7日|コメント (0)|トラックバック (1)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<6>
2006年6月8日(木)
フランクフルト空港、朝6時着。
この時期はフーリガン対策で入国審査が厳しいはずだが、「一見若そうに見えますが、単なるサッカー好きのオヤジです。草食人種かつ農耕民族の日本人ですぅ」という態度でのぞんだお陰で、早々と手続きを済ませることができ、いよいよミュンヘン経由で隣国オーストリアのザルツブルグへの「鉄道旅行」のはじまりとなった。
早速ワールドカップ・ボランティアを示す水色のポロシャツを着たお姉さんに遠距離方面に行く「空港駅」への行き方を聞き、窓口で指定席を予約した。
もちろんドイツに到着後では購入できない「ユーレイル ジャーマン・オーストリアパス」を日本で購入済である。しかも到着の翌日は疲労で電車には乗らず市内観光をすると計画し、1日少ない(その分安い)「6日間有効」のものである。
ここでもうひとつの趣味について書いておこう。
それは何を隠そう私は「鉄道マニア」なのである。とはいっても大学で「鉄道研究会」に入会していたというわけではない。
学生時代は高校のサッカー部のOB会でそれなりにサッカーをやっていたし、何だか「鉄研」というとオタクっぽいカンジがし、「さぁ、諸君、今度の夏休みは青春片道切符で、ぶらりと旅に出よう!」などと牛乳びんの底のような分厚くて黒ぶちの眼がねをした先輩に無理強いされでもしたらタマランと思ったからである。
子供の頃から電車が好きで、8歳の時、近所で根岸線が開通する直前に近所の友達と資材運搬用のトロッコに乗って遊んでいたら、トンネル内で立ち往生してしまい、恐怖のあまりトロッコを置き去りにしたまま逃げ帰ったり、次に反対方向に行ったら、今度は鉄橋(川)の上で止まりそうになり、号泣+お漏らしをしたり・・・
また開通直後には、弟のお守りをするよう母親から言われたとき、まだ1歳だった弟をあやすつもりか、ただムショウに電車に乗りたかったのか不明だが、なぜか一駅だけ隣の駅まで乗車し、帰りは同じルートでは芸が無いと子供心にも思ったのか、バスで帰った記憶がある。
母が用事から戻り、必死に探していたところ、駅に乳母車が置き去りになっているのを発見。駅員が「賢そうな子供が赤ちゃんを抱いて電車に乗った」と証言したようで、誘拐ではないと一安心したという逸話もある。(一部脚色あり)
まぁ誘拐されるほど金持ちではないから、それほど心配していなかったかもしれないが・・・
オットは意外とヤンチャなお坊ちゃまだった・・・
つづく
2006年7月 4日|コメント (2)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<5>
一旦香港に飛び、乗り換えて翌早朝フランクフルト着の便しか空席がなかった。
<1>で書いた「イヤ~な予感」とは、「座席の位置」であった。
それは真ん中の4席のさらに真ん中の2席があてがわれたのである。
左から外人、私、ツマ、外人で、しかも両外人とも非常に大柄であった。
トイレに行くのがとても不便であることこの上ない。
触れる膝と肘・・・どっちの肘置きか?ちょっと自己主張して肘で押すと押し返してくる。その肘はエラく毛深くて妙に体温が高い・・・
食事をしたり、映画を見たりしても11時間30分のフライトである。眠れないから余計時間が経過しない。ツマが帰路は「ビジネスクラスにしろ!」と騒ぎたてる。
左隣も右隣もムカツク。
そうこうしているうちにいよいよトイレタイムである。しかし、隣の大男は爆睡中。
「起きてくれないかなぁ。
おぉ~い、そろそろ起きたらどう?
もう起きてもいい頃じゃないか?
おい!起きろって言ってんだよ!!」
というギリギリの状態で彼はすっとトイレへ。「テレバシー、いや呪いが通じた!今だっ!!」と後を追うように私も席を立った。
ところがどうも足の運びがギクシャクしている。「いつものようにビジネスクラスじゃないからか?足がむくんだのか?待てよ、エコノミー症候群か?なぜ、帰りまで待てずに、行きのフライトでなるんだ!」と日頃の運動不足を悔やみつつ足元に視線を落としたところ、慌てて席を立ったため、左右の靴を逆に履いていたではないか・・・
そんなオチャメなオットである・・・
つづく
2006年7月 3日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<4>
「今回は、縁が無かった。プラズマか液晶テレビでも買って家でユニフォームを着て正座しながら応援するか」と一旦は諦めていたところ、高校時代からのサッカー部の親友であるI君から「今回は見に行かないの?」という電話。
これまでの経緯を自嘲気味に説明すると「自分の名前を使ってもいい」という提案をしてくれた。
持つべきものは「友」である。
重複申込は不可のため、再チャレンジするには知人から「名前」だけでなく、パスポート番号や、さらに引落しのクレジットカード番号等の「個人情報」まで教えてもらわなければいけない。
そして万一当選したら、今度は「権利譲渡」である。
「当選証明書」「譲渡証明書」と「当選者のパスポートのコピー」を用意し、スタジアムの窓口に提出し、自分が当選したチケットをこれら必要書類の持参人に譲渡する、という権利譲渡が承認されたらようやくチケットをゲットできる、という厄介な手続きが必要である。
ここで「日ごろの行いの良さ」が報われた。
またもや前回同様「日本対オーストラリア戦」が当選したのである。
これで一気にイケイケモードになって私は、深夜残業をこなし(昼間はスケジュール表作成で忙しかったもんで)、タクシーで帰宅する日々が始まった。
ほぼ完璧なスケジュールにおいて、一点だけイカンともしがたい問題があった。それは、ドイツへのフライトである。遅い時点での予約だったので、どの便も満席。ロンドン、パリ、アムステルダム、チューリッヒ経由すべてのルートが満席。
いよいよ最後の手段。
それは香港経由である。
それにしても、良き友を持つオットである・・・
つづく
2006年6月29日|コメント (2)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<3>
ブラックマーケットへの流出や不正コピー防止のために開催ギリギリまで現物のチケットは送付されないと事前に聞いていたため、承知はしていたものの、いよいよ開幕間近になってしまい、「そろそろチケット送ってこんかい!ボケFIFAが!金ばかり先取りして、これは新手のFIFA詐欺か?」と思って、カスタマーサービスにアクセスしたところ「Your Application is cancelled」と真っ赤な字で書かれているじゃありませんか!
「どひゃぁ~」とこちらの眼も真っ赤。
当選メールによるあまりの喜びと妄想観戦(「君が代」を泣きながら歌っている自分が見えた)により意識朦朧となり、肝心の「ファイナル・アンサー」即ち、「ありがとうございますですFIFA様!万難を排して必ずや行かせていただきます!」という返信メールを期日までに送り忘れていた・・・
この度は「2006 FIFA ワールドカップ ドイツ」参加国協会分チケット販売にお申込み頂きまして誠にありがとうございます。 お客様のお申込みされましたチケットが当選されましたのでお知らせ致します。▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
下記予約確認画面にて、メール受領後より 2/3 18:00までに、国際サッカー連盟(FIFA)の規定により求められている個人情報を、ビジター分とあわせてお申込時の枚数分ご登録ください。
期間内にご登録のない場合およびお申込枚数分のご登録のない場合は、自動 的にご注文はキャンセルとなりますので、くれぐれもご注意ください。FIFAの規定により、制限枚数以上のチケットを申し込みされた場合は、仮にチケット当選後でも、無効となる可能性がございます。
「インターネットによる販売」と「公式指定旅行代理店による販売」の両方、また「公式指定旅行代理店による販売」で2社以上重複しての申込み・登録は出来ません。
抽選結果URL(予約確認画面):https://buy.ticket-jfa.com/wcd/wcd/support/
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼■お申込み内容
「2006 FIFA ワールドカップ ドイツ」 First Round(グループマッチ)
=========================================
vs オーストラリア
受付日時 2006/01/18 00:45
抽選申込み番号 XXXXXXXXX
----------------------------------------------
開催場所 カイザースラウテルン
開催日時 2006年06月12日(月) 15:00
座席種類 カテゴリー2(60ユーロ)(\9,290×2)
合計数 2
チケット合計金額 ¥18,580
お支払合計金額 ¥18,580
=========================================
「あのですね、入院していたもんで、つい返事が・・・」などと言い訳メールを送付しようとしたが、返答が眼に見えていたので、断念。
トホホ・・・
そんなオマヌケなオットである・・・
つづく
2006年6月27日|コメント (3)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<2>
今回のドイツ・オーストリア旅行に関し、その背景には私の「生涯にわたるふたつの趣味」が大きく関わってくるので、これについて書いてみる。
ひとつは、「サッカー」である。
きっかけは小学校5年生の時の担任の先生の影響である。
その先生は女性でありながら、体育の授業のほとんどをサッカーに費やしていて、他の種目はほとんどやらなかった。カリキュラムなどで問題がなかったのだろうかと今更ながら不思議であるが、現在のサッカー好きはその先生のお陰であり、心から感謝している。
怪我や病気をして現役(といっても高校卒業後は草サッカーレベルだったが)を引退してからは、ワールドカップに傾倒し、日本がアジア一次予選で敗退していた90年イタリア、ドーハの悲劇の94年アメリカ、記念すべき初出場の98年フランス、02年日韓と毎大会数試合程度観戦し、その合間に観光し、その土地土地の名物や甘いものを食することを人生の楽しみとしていた。
当初、金が無いときは借金をしたり、多少なりとも給与の高い会社に転職をしたりなど無茶なことをしてまでも観戦+観光旅行をしていたものである。
試合自体を見るのであればテレビの方がくまなく観戦できるし、得点シーンを見逃してしまったとしてもビデオやスローモーションで再現してくれるし、横になりながらでも応援できる。
しかし、一度スタジアムで観戦してしまうとあの「臨場感」や「雰囲気」の虜になってしまう。スタジアムに入場する前は見ず知らずの人たちであっても、ひとたび同じユニフォームを着て、共に君が代を歌い、声を嗄らして応援し、チャンスやピンチ、得点失点に一喜一憂するという「一体感」こそ病みつきになる要因であり、魔力かもしれない。
そして今回、ダメモトで申し込んでみた日本対オーストリア戦が何と運良くはやばやと1月に当選した。
なかなか運のいいオットである・・・
つづく
2006年6月26日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
ズボラなオットの緻密な旅計画<1>
2006年6月7日(水)
「時間、大丈夫?」普段は時間には無頓着なツマが電車の時刻を気にして聞いてきた。「ほぉ、いい質問だね」と時計を見やると大変な状況になっていた・・・
成田エクスプレスに乗り遅れてはいけない、という脅迫観念から、必要以上に早く自宅を後にしたため、やはり品川駅に相当早く着き過ぎてしまった。
時間潰しにお茶を飲みながら、それまでモッタイぶって内容を伝えていなかった今回のドイツ・オーストリア旅行に関して、仕事なんぞそっちのけでThomas Cookの時刻表をいかに駆使しながら、綿密に訪問地の設定やその目的を合理的かつ限られた時間内で周遊するような計画を立案したか、そしてその成果物であるエクセルシートに記載されたスケジュール表に従って懇切丁寧かつ得意満面になってツマに語っていた(おそらく鼻腔も大きく広がっていたことは容易に想像できる)私は、その瞬間妙な汗が吹き出てくるのを感じた。
「やばい!急ごう!」まるで二人してロナウジーニョのごとく駅構内の人混みをかきわけて、プラットフォームに駆け下りた。ど~よ、この俊敏な動き、日本代表に呼ばれるんじゃないか?という思いがふと頭をよぎった。
何とか電車には間に合ったものの、何となく今後の旅に「イヤ~な予感」を感じさせるものがあった。
そして、それは、当った・・・
妙な事に関しては勘のいいオットである・・・
つづく
2006年6月25日|コメント (3)|トラックバック (0)
カテゴリー:ズボラなオットの緻密な旅計画
Powered by
Movable Type 4.34-ja



