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ノエルの足跡24 携帯電話の威力

 信号を渡り終えると、ノエルは向いがわの歩道の角で立ち止まりました。私はそこでYさんの来るのを待ちました。ところが信号が赤に替わって、今渡ってきた通りを車がびゅんびゅん行き交い始めても二人が来ないのです。
 「Yさんちゃん!」
 私は人の波に向かって呼んでみましたが返事はありません。
 「ねぇノエル、レーちゃんを捜してよ。」
 困った私はついにそんな無謀な注文をしてしまいました。もちろんそんな言葉の意味が分かるとは思えないのですが、ノエルはけなげにも私を見上げながら歩き始めました。でもやっぱりだめです。ノエルはしばらくさまよった後で、申し訳なさそうに頭を地面にすり付けて伏せてしまいました。叱られた時などによく見せる「ごめんなさい」のポーズです。
 「もういいよ。ノエちゃんは悪くないんだからね。ごめんね。」
 私はなんだかノエルがかわいそうになって、そのうなだれた頭を撫でながら言いました。
 (ノエルに捜させようなんてひどい話だ!口のきける私が人に尋ねてみればいいことなのに。)
 私はノエルに過度に頼ろうとした自分を反省し、気を取り直して立ち上がりました。
 「あら、さっきのと似てるわよ。」
 「もう1匹いたぁ!」
 すれ違う人の会話の中にそんな声が聴こえてきました。Yさんたちが近くにいることはまちがいなさそうです。けれどもお正月のメインストリートは人の流れが速すぎて、なかなか声をかけても振り向いてくれる人はいませんでした。
 少し話がそれますが、私はノエルと生活するようになって、世の中には盲導犬使用者に対してある誤解をしている人が結構多いことに気がつきました。それは「盲導犬は使用者が『どこどこへ行きたい』と言いさえすればどんどん引っ張っていってくれるから人間の方はただついていけばよい。だから盲導犬をつれていてば眼の不自由な人でも道が分からなくなるようなことはないだろう。」という誤解です。実際には、使用者の頭の中に地図が入っていて、的確に方向指示をしなければ私たちは1歩も歩くことはできません。犬はたとえ道を知っていたとしても、主人の命令無しにかってに進むことは許されないのです。私が白杖を持って歩いていた頃には人からよく声をかけられました。それは「お手伝いしましょうか?」という優しい言葉だけではなく「あんたみたいなのが一人で歩いてるとはらはらしてしかたがないからつれてっってやるよ。どこへ行きたいんだい?」というやや乱暴な言葉だったこともありました。ノエルが来てからはそんな風に声をかけられることはほとんどなくなりました。少なくとも後の方の人のような言い方は全くと言っていいほどされることはありません。みんな「見て見て。盲導犬だよ!」などと言いつつ私たちを見送っています。ときどき話しかけて来る人があるとすれば、大方は犬好きの人で「偉いわねぇ!」とか「大人しいんですねぇ!」などというノエルへの誉め言葉です。誰一人として、私が道に迷っているかも知れないなんて思ってはいないようです。それでこちらから尋ねる為に「すみません」と言いながら近づいて行くとノエルが気をきかせてその人を避けてしまいます。きっと(あっママが障害物にあたっちゃう!)とでも思っているのでしょう。こんな時まで賢い不服従で私を守ろうとするかわいいノエル!避けられた人も、私が「すみません」と言ったのはきっと自分にぶつかりそうになったので謝っているのだろうと思って「大丈夫です世」などと笑いながら行ってしまうのです。
  なかなか人をつかまえられず右往左往していると、突然私のPHSが鳴り出しました。
 「AMIちゃ~ん!どこにいるの~?」
 Yさんでした。彼女も、はぐれてしまった私たちを捜しあぐねて自分の携帯電話で助けを求めてきたのです。
 Yさんたちは大通りと直角に交わる歩行者専用アーケードを、私たちからだんだん遠ざかる方向に向かって進んでいるようでした。さっき大通りを渡り終えた時、私は当然合いても歩道に上がった所で立ち止まるものとおもっていたのですが、レベッカちゃんは幅が広く人通りの多い横断歩道でコーナーを見失って、そのまま直進してアーケードに入ってしまったのでした。Yさんも横断歩道の先がどうなっているか知らなかったし、レベッカちゃんがノエルのあとをつけていると信じてその動きに従いました。そうとも知らず歩道のコーナーでじっと待っていた私たちとの距離は次第に開いてしまっていたのでした。
 私はYさんに今来た道を引き換えすように言って、電話を繋いだまま言葉で誘導しました。
 「あれ?レーちゃんがパチンコ屋に入っちゃった。」
 「あははは、パチンコやらないで戻ってきて。そのまままっすぐ。・・・うーん、もうそろそろだと思うんだけど・・・」
 今度は電話を見みから離して「おーい!」と呼んでみました。と、いきなり後ろから右てに冷たいものが・・・。レベッカちゃんの鼻でした。
 「なんだ!すぐ後ろにいるじゃないの。」
 1メートルと離れていない距離で電話をしていた事実がおかしくて、私は苦笑してしまいました。見ていた人も、さぞや変なやつらだと思ったことでしょう。2頭のアイメイトたちもほっとしたのか、静かにしっぽを揺すっていました。

 自由に公衆電話を捜したり一目で回りの状況を判断したりすることのできない視覚生涯者や移動の困難な肢体不自由者にとって、携帯電話やPHSの普及は一種の革命をもたらしたと思います。私自身もアイメイトとPHSをいつも身近におくことで、以前よりずっと気がるに外出できるようになりました。ですから携帯電話が不適切な使われ方をして事故や騒音公害などの社会問題になっているヌースを聞くのは残念でなりません。

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この記事を書いた人

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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