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ノエルの足跡19 おじいちゃんが帰ってきたっ!

 私がフォローアップ訓練を受けるより数日前に、病院でリハビリを続けていた父がようやく退院しました。2月に心筋拘束で倒れて以来10カ月にも及ぶ入院生活でした。心臓周辺の大きな血管の99パーセントが詰まっていたにも関わらずバイパス手術で一命を取り留め、家族が喜んだのもつかのま、合併症で足に血液が回らなくなり、両足を失ってしまいました。行動の自由を奪われ、大好きな犬たちと再び野山を駆け回る夢を奪われて、どんなにか悔しく辛かったことでしょう。けれども父は1度として不自由な身体になったことを嘆くような言葉を口にしませんでした。それどころか
 「せっかく命拾しいたんだ。拾った命は楽しまんと損だ」などと笑い飛ばしているのです。
 「家の中でわざわざ偽足を着けたり車椅子に乗ったりするのはめんどくさい。」
 そう言って父は、板にキャスターを付けたようなもの(普通は農作業に使うものだそうです)を買ってきました。その上に座って、ボートを漕ぐようにして手で床を押して進もうというのです。が、キャスターの分だけ床と板の間に高さがあったのでうまくいかず、その計画は1日で取りやめになりました。
 「しょうがない。車椅子に乗るか。」
 車椅子の父をノエルが珍しそうに見上げています。
 「ノエル、どいてくれ。じいちゃんが通るから。こら、どかんとひかれるぞ。」
 それでもノエルは動きません。車椅子でのっかられたら痛いなどとはちっとも思っていないのです。
 いきなり車椅子からマジックハンドが伸びてきて、ノエルの首をがちっととらえました。これも父のアイディアでした。おもちゃのマジックハンドを自分の腕の延長として、自分はまったく動かずに遠くのものを持ち上げたり動かしたりしようというのです。突然変なものでつかまえられたので、臆病者のノエルはびっくりしてたちまち逃げだしました。
 休暇に入ったので私も帰省することにしました。実家に到着すると、玄関でノエルのハーネスをはずし、ついでにリードもはずしました。ノエルとの生活も3カ月を過ぎて、私は1日中彼女をハウスにチェーンで繋いでおくことをしなくなっていました。命令しさえすればちゃんとハウスに戻ってじっとしていてくれるので、ある程度の自由を与えたのです。
 「ただいまぁ!」
 リードをはずしながら家の中に向かって言うと父が奥の部屋から
 「おお、ノエルおかえり」
 と言いました。
 (なんだそりゃ?私にはおかえり言わないでいきなりノエルか・・・)
 ノエルは大喜び。「静かに」という私の注意も聞かずにすっ飛んでいきました。そして一頻り父に甘えたところでふと我に帰り、私を捜したのですが・・・
 私の姿を見つけて走りだそうとしたとたん、ノエルは首が絞ってむせてしまいました。いつの間にか父は自分の車椅子の肘かけに、私がテーブルにおいていたリードでノエルを繋いでいたのでした。
 「もう動かれんよ。じいちゃんと一緒にずーっとおりなさい。」
 (なんてこった!このじいちゃんにしてこの孫あり。)
 私はあせっているノエルを残して別の部屋へいって、母としゃべったりなどして1時間ほど過ごしました。そしてもとの部屋に戻ると、おや?父とノエルがいません。
 (無断で私のノエルをつれ去るなんてひどいぞ。)
 家の中に姿が見あたらないので庭へ降りて見ると・・・?いました、いました。二人は仲良く並んで庭でお昼寝をしていました。
 父の開発したグッズの中に「草取りマット」というのがあります。切り売りカーペットを買ってきて1メートル4方ぐらいのものを2枚作ります。2枚並べた手前のマットに座りその回りの草を抜いて、終わったら向こうのマットに乗り移って、1枚目をそのまた向こうへしきなおして、どんどん移動しながら作業を進めていくというものです。草取りマットのおかげで荒れ果てた庭も徐々に生気を取り戻しつつありました。
 このところ、12月とも思えないぽかぽか陽気が続いていました。草を抜いているうちに眠くなったのでしょうか。父は2枚並べたマットの上に横になって寝入ってしまったのです。そしてノエルは、なんと父の左足の偽足の金具にリードで繋がれて、父の腕枕でこれまた気持ち良さそうに眠り転けていたのでした。
こののどかな光景を写真に撮っておけばよかった(筆者の感想)

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この記事を書いた人

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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