2016/09/09

ノエルの足跡15 私を育てた犬の心

アイメイト協会を卒業する前に、理事長先生が言われました。
「あなたはこれからノエルと生活を始めるわけだけど、最初の3カ月は大変ですよ。今ではりっぱな使用者になってる先輩の中にも『なんでアイメイトなんかもらってきちゃったんだろう?』って悩んだ人はいく人もいるんだから。でもそれを乗り越えれば、すばらしいパートナーになれます。辛い時は、大変だった訓練のことを思いだしてがんばってください。」
私は、これはえらいことになったと思いました。なぜなら私は訓練中、猛暑と緊張で疲れはてた最初の数日をのぞいては、辛いとかきついとか思ったことがなかったからです。「卒業御3カ月が大変」ということを聞くのは、何もこれが初めてではありませんでした。さきにアイメイトを手にした友達もたいていは同じようなことを言っていましたから。そして卒業したその日にYさんの所でノエルが暴走した時、私は「さっそくきたな!」と覚悟をしたのでした。
ところがノエルとの生活は、始めてみると意外に楽しく、順調だったのです。私がノエルと暮らすに当たって心に誓ったのは「たとえノエルが私の言うことをきかないようなことがあっても決してあせるまい」ということでした。そして事実、のえるは初めから100パーセント私の命令を守って完ぺきな仕事をしたわけではありませんでした。これまで書いてきたように、彼女は舞い上がり傾向の強い犬です。お互いの思い込みが激しくて心が通じ合わず失敗したことも何度かありました。でも犬は機械ではありません。躾とか訓練とか、ある程度のラインはあるにせよ、そうマニュアル通りにいくものではないと思うのです。訓練で教えられた通りにやってみてもうまくいかなかったとき、たちまち パニックに陥る盲導犬使用者がいます。使用歴は私よりはるかに長いのに躾にいきづまって助けを求めてきた友達もありました。そんな時私は言います。
「アイメイトは生きてるのよ。あなたがパニックしていては犬が不安になるばかりだと思う。きっと犬も何かを訴えているはずだから、よくきいてあげてね」
と。
私たちはアイメイトの「使用者」ではありますが、ひたすら自分の都合だけを押しつけて犬を引きずり回すわけにはいきません。犬の気持ちを思いやる心の余裕を持たなくては。教えられた通りのことをしたのに思うような成果が獲られない時でもあせらずにいられる私、「ノエちゃんだって気分のいい日も悪い日もあるものね」と考えることのできる私を育ててくれたのは、私が物心着いたころから身近にいた犬たちとのふれあいだったのだと思います。
眼に進行性の病気を持って生まれた私は、小学校入学前まで入退院を繰り返し、ほとんど外に出られませんでした。従って、友達もいませんでした。たまに私の方から声を掛けると、子供たちは私の眼の表情が気持ち悪いと言ってあざけったり、怖がって泣いたり逃げだしたりしました。そんなこと今では何とも思っていませんが、小さな子供だった私の心は傷つきました。でもその傷だらけ心を受けとめてくれる仲間の一人さえいなかったのです、犬たちの他には。彼女たち(記憶する限り犬たちはみんな女の子でした)はありのままの私を受け入れてくれました。言葉はなくても、一緒にいるだけで元気になれるのです。
サリー(1生)は、大きな茶色の犬で、私が背中に乗っても大人しくしていました。ところが、どうしたわけかサリーは、ある日突然凶暴になり、家の別の場所で飼っていた鳥(雉のような大きくてりっぱな種類の)を襲って食べてしまいました。怒った父が何発か力任せにたたくと、彼女は悲しげな声をあげてそのまま走り去って2度と帰ってきませんでした。
やんちゃむすめのシロは、私を引っ張ってしたたか自転車にぶつけましたが、私はそれでもシロが好きでした。シロも私を大好きでいてくれたからです。
「レモンチャン」(「チャン」も名前の一部)という変わった名前の子もいました。白いのに「クロ」と言う妙な名前の持ち主も。
宮崎に珍しく雪の積もった朝、メリーはたった5歳で逝ってしまいました。雪と同じ純白の体を抱きしめて私は泣きじゃくりました。
そしてほんの少しの間しか一緒に過ごせなかったサリー(2生)とベルにいたるまで、私は実に10匹以上の犬とともに生きてきたのです。中には家族が話してくれただけで自分には具体的思い出の残っていない犬もいます。けれども記憶のある無しに関わらず、彼女たち一人一人が、私の心になんらかの影響を与え、今のような気持ちでノエルとつき合える人間にしてくれたのだと思います。
ノエルはゆっくり時間をかけて物事を学びます。でも1度覚えてしまえばいつまでも忘れない子です。逆に物覚えがとてもよい割りには学んだことをすぐに忘れてしまう犬もいるとか。犬にも様々あるものです。ノエルはマイペースで、しかし着実に前進していました。そして問題の「最初の3カ月」が無事に過ぎたのです。しつこいようですが、ノエルはとてもよい子でした。ある一つのことを除いては・・・。
ノエルの足跡16
ノエルの足跡とは

ヒトミ

著者:ヒトミ

東京在住。犬のいない生活なんて考えられない!犬中心の毎日を送っています。趣味はアジリティー(ドッグスポーツ)と写真。

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