ズボラなオットの緻密な旅計画<8>

さらに鉄道の話は続く。話は鉄道だけに「脱線気味」。おっと、座布団まではいかないか。シャレにならない事故もあったし・・・
やがて年を重ね、サッカーに明け暮れた中学、高校時代を終え、大学に進学し、あっという間に就職時期に至る。就職先として自分も楽しめるし、人様にも楽しんでいただけて、それで給料がもらえればと一石三鳥の思いで、「JTB」を受けようとしたが、何と「学内推薦」が必要であることを4年生の時に知った。
時すでに遅く、怠惰な学生生活をおくっていた自分は推薦を受けられるほど成績優秀のはずもなく、他の中堅旅行会社を受験し、運良く内定。
その後、「旅行」と「航空貨物」両方取り扱っている上記よりも安定性のありそうな企業からも内定を得た。迷った挙句、後者を選んだ。
ところが配属先は、何と「航空貨物」部門。中国にいる旦那に空輸する箱を開けて、インスタントラーメンや梅干が詰まっているビンの数を数えたり・・・
何だか空しく、こんなことでいいのか、と思い3ヶ月で退職。
結局、何をやりたいのか不明なまま1年近くアルバイト(今でいうフリーター?)をしていたある日、高熱で床に伏していた父から、「男ならちゃんと働け」の一言。
普段、そういう発言をしない割と放任主義の父で、しかも病床に自分を呼び寄せての発言。重みを感じた。遅ればせながら、真剣に就職を考え、ようやく「外資系で貿易実務をしてみたい」という結論に至り、ドイツ系の企業を受験。
ところが、職種はやってみたかった営業が受注してきた物を倉庫から顧客に納品、もし在庫が無ければ、海外の親会社(工場)に発注、云々、という今でいうところの、ロジスティックスあるいはサプライチェーンではなく、何の下知識も無い「経理」。あればありったけ使ってしまい自己の金勘定もできない自分が、会社の金庫番とは・・・
「旅行」部門に行きたかったのに、「貨物部門」への配属となった最初の会社と同じじゃないか、ツイていない・・・
その後「格安航空券」の浸透とともに”個人旅行”が増加したため、”パッケージツアー”に注力していた最初に受けた旅行会社は倒産した。
ジンセイの機微をわずかながらも窺い知った「若き血」のオットだった・・・
つづく