ズボラなオットの緻密な旅計画<6>

2006年6月8日(木)
フランクフルト空港、朝6時着。
この時期はフーリガン対策で入国審査が厳しいはずだが、「一見若そうに見えますが、単なるサッカー好きのオヤジです。草食人種かつ農耕民族の日本人ですぅ」という態度でのぞんだお陰で、早々と手続きを済ませることができ、いよいよミュンヘン経由で隣国オーストリアのザルツブルグへの「鉄道旅行」のはじまりとなった。
早速ワールドカップ・ボランティアを示す水色のポロシャツを着たお姉さんに遠距離方面に行く「空港駅」への行き方を聞き、窓口で指定席を予約した。
もちろんドイツに到着後では購入できない「ユーレイル ジャーマン・オーストリアパス」を日本で購入済である。しかも到着の翌日は疲労で電車には乗らず市内観光をすると計画し、1日少ない(その分安い)「6日間有効」のものである。
ここでもうひとつの趣味について書いておこう。
それは何を隠そう私は「鉄道マニア」なのである。とはいっても大学で「鉄道研究会」に入会していたというわけではない。
学生時代は高校のサッカー部のOB会でそれなりにサッカーをやっていたし、何だか「鉄研」というとオタクっぽいカンジがし、「さぁ、諸君、今度の夏休みは青春片道切符で、ぶらりと旅に出よう!」などと牛乳びんの底のような分厚くて黒ぶちの眼がねをした先輩に無理強いされでもしたらタマランと思ったからである。
子供の頃から電車が好きで、8歳の時、近所で根岸線が開通する直前に近所の友達と資材運搬用のトロッコに乗って遊んでいたら、トンネル内で立ち往生してしまい、恐怖のあまりトロッコを置き去りにしたまま逃げ帰ったり、次に反対方向に行ったら、今度は鉄橋(川)の上で止まりそうになり、号泣+お漏らしをしたり・・・
また開通直後には、弟のお守りをするよう母親から言われたとき、まだ1歳だった弟をあやすつもりか、ただムショウに電車に乗りたかったのか不明だが、なぜか一駅だけ隣の駅まで乗車し、帰りは同じルートでは芸が無いと子供心にも思ったのか、バスで帰った記憶がある。
母が用事から戻り、必死に探していたところ、駅に乳母車が置き去りになっているのを発見。駅員が「賢そうな子供が赤ちゃんを抱いて電車に乗った」と証言したようで、誘拐ではないと一安心したという逸話もある。(一部脚色あり)
まぁ誘拐されるほど金持ちではないから、それほど心配していなかったかもしれないが・・・
オットは意外とヤンチャなお坊ちゃまだった・・・
つづく